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edit4歳,発達の遅れ 改善体験談

「結婚や子どもは無理かもしれない…」一度は覚悟した私が発達の遅れを持って生まれた娘とともに改善するまで…

4歳,発達の遅れ

早川里子(仮名,45歳)、早川望ちゃん(仮名,4歳)

聞き手:会報誌編集担当 高橋秀子

化学物質過敏症による原因不明の体調不良に長年、悩まされてきたことから、住環境、空気環境の大切さについて勉強されてきたという早川里子さん(仮名、45歳)。現在、4歳になる娘さんが1歳半検診の時、発達の遅れを指摘されたことからエジソンのメソッドに取り組み始めました。お母様ご自身の健康を取り戻すためにも、化学物質を使わない家にこだわって作るなど、お子さんの改善のためにご家族で徹底して取り組んだ結果、今ではすっかり体調不良はなくなり、お子さんの発達についても「ほぼ問題ない」と言える状態にまで改善したそうです。ここにいたるまでの様々な困難について、早川さんにお聞きしました。

母である私自身が化学物質過敏症で記憶障害やパニック症状、多動、幻覚に悩まされた日々…

お母様ご自身の変化

20歳から31歳の頃
常に頭痛と肩痛がある  日中、眠気に襲われる  夜は不眠症  運転中幻覚が見える  記憶障害やおアニック障害  多動になる  疲れやすく、自分の頭を支えられない  耳鳴り  微熱が続く  動悸  胸が苦しい  胃痛、吐き気  結膜炎、皮膚炎

32歳
結婚を機に会社を辞めて鍼灸の学校へ
針やツボや自力でできるデトックスを行う
洗剤などの日用品を化学物質を使わないものを選択

35歳
「ふくずみアレルギー科」でグルタチオンの内服・点滴・生活指導などの治療開始
北里研究所病院で「中程度の化学物質過敏症」と診断を受ける

36歳
「ふくずみアレルギー科」で化学物質過敏症の勉強会に参加

41歳
出産

43歳
娘さんが発達の遅れを指摘される
エジソンのメソッドに取り組む
化学物質を極力排除した家に引っ越し

45歳
長年、悩み続けた様々な症状がなくなる
自宅で鍼灸マッサージ治療院を開業

高橋 : 協会をお知りになったのはいつ頃でしたか?

早川 : 娘が生まれる4年前なので、今から7年前です。大阪の「ふくずみアレルギー科」というアレルギー対応のクリニックで鈴木先生の「マイナス2歳からの子育て」の本を紹介されたのがきっかけです。結婚前から私自身が化学物質過敏症で悩まされてきたので、当時は自分のことだけで精一杯でした。子どもを育てるのは無理だとその頃は思っていました。

高橋 : 具体的には化学物質過敏症とはどのような症状でしょうか。

早川 : 少量の化学物質を吸っただけで、記憶障害やパニック症状など、様々な不具合が出てくるものです。時に私自身が多動になることもありました。とてもじっとしていられない、もう苦しくて苦しくて動き回らずにいられないのです。世間で言うところの多動のお子さんたちは、きっとこういう気分なんだろうな、と思います。そういった化学物質過敏症の人のための勉強会が大阪の「ふくずみアレルギー科」でありまして、そこで胎教や障がい児教育に携わる鈴木先生という人がいると知りました。化学物質過敏症の親に発達障がいのお子さんが生まれたり、逆にADHDの親御さんに化学物質過敏症の子どもが生まれてきたりと、発達障がいと化学物質過敏症は密接に関係する場合があるのを知っていたので、発達障がいにも関心はありました。

高橋 : 本をお読みになった感想はいかがでしたか?

早川 : 小腸クリーニングの大切さについては新鮮に読ませていただきました。ですが、本に書かれていた胎児教育については、たとえば、お腹の中の赤ちゃんに語りかけた言葉の通りに子どもは生まれてくる、というのは本当かしら?と正直、思っていました。

高橋 : ご自身の過敏症についてですが、いつ頃から体調の不良を感じられたのですか?

早川 : 学校を卒業して働き始めた20歳頃からです。当時、大阪の企業でパソコンを何台も使ってバリバリ働くOLをしていたのですが、常に頭痛と肩の痛みがあるのが当たり前で、椅子に座っていると自分の頭の重みでどうしようもないんです。仕事中に突然、眠気に襲われるので休憩室で仮眠を取りながら仕事をしていました。逆に夜中は眠れずに不眠症です。残業も多く、食事もコンビニのお弁当を食べるようなハードな生活をしていました。そんな生活が結婚で仕事をやめる31歳くらいまでずっと続きました。

高橋 : お聞きしているだけで当時はお辛い日々でしたね…。

早川 : さらに、ひどい幻覚もありました。車の運転をしていると、実際にはいないのにも関わらず、人が目の前を走っているような幻覚が見えて、急ブレーキを踏むこともよくありました。その幻影は突然、目の前にパッと現れる感じで、遠近感がまるでありませんでした。そんな状態だと危ないので、30歳頃からは車の運転もしなくなりました。

高橋 : 日常生活にも影響をきたすほどひどかったのですね…。

早川 : それ以外にも、会社で困ったのは、向かい側で話している人の声が「言語」として認識できないことでした。すべての人の声が認識できないわけでなく、声の低い男性など、特定の人だけでしたが、言葉が「音」としては聞こえますが、意味がわかりませんでした。最初は耳が遠くなったのかな、と思っていました。

自分が「シックハウス症候群」であると気づき、病院に行くも薬では直らずすっかり医者不信に…

高橋 : それからはどうされましたか?

早川 : 「このままではまずいな」と感じたのと、自分にはOLは向いていないと思い、31歳の時に仕事をやめました。その頃、結婚する予定だったので、会社をやめたら鍼灸の学校を受験するつもりでいました。

高橋 : ご自身が化学物質過敏症であることはどうやってわかりましたか?

早川 : 会社の先輩から、新築の家などに使った化学物質で起こる「シックハウス症候群」ではないかと言われました。確かに当時、新築の家に住んだり、職場も壁の塗り替え作業などしていて、化学物質に触れる機会が多かったもので、ピンときました。

高橋 : 病院には行かれましたか?

早川 : 行きましたが病院に行って薬をもらっても良くならないので、すっかり医者不信に陥ってしまいました。当時はふくずみアレルギー科は開業しておらず、東京まで行かないと化学物質過敏症の診断はしてもらえませんでした。会社をやめて、鍼灸の学校に通うようになってから、解剖学など体の基本を学ぶようになって、自分は肝臓が悪かったことを知ったり、針やツボなどのデトックスを自力でするようになりました。

高橋 : それによって症状はだいぶ落ち着きましたか?

早川 : はい、自力で向き合うことでだいぶ軽減されました。あと結婚してから洗剤やシャンプーなどの日用品を自分で選べるようになったことで、だいぶ改善されたと思います。それまでは親と同居だったので、どうしても親の選んだものを使わざるを得なかったので…。

高橋 : ちなみにご両親には化学物質アレルギーはありませんでしたか?

早川 : 母の実家は農家でしたが、母親は農薬に触れると具合が悪くなる農薬アレルギーでした。結婚する前、主人には化学物質過敏症の病気のことを打ち明けていて、一生治らないかもしれないので結婚は無理かもしれない、と伝えると、「何とかなるよ」と言ってくれて…。一緒にいてくれる彼の一言は大きかったです。私もそれを聞いて「彼についていこう」と覚悟を決めました。彼の存在はとても大きかったです。

高橋 : お聞きしていると、本当に素晴らしい旦那様ですね。

早川 : 鈴木先生がよく、トレーニングセミナーでも「夫婦で褒めあう」ことの大切さをおっしゃいますが、うちの場合、主人に感謝の気持ちしかないので、褒め言葉しか見当たらないんです。

化学物質を除去した家、家具、服…徹底してこだわった結果、長年の頭痛やうつ病も改善

高橋 : ちなみに、ご自宅も化学物質のないお家を建てたそうですね?

早川 : はい。鍼灸の学校を卒業してから自宅を何とかしたい、と思いまして当時は賃貸住宅に住んでいたのですが、化学物質過敏症支援センターで紹介された建築士の先生に相談をして、土地探しをするところから始めました。

高橋 : 具体的には、どのような点に気をつけて土地探しをされたのですか?

早川 : たとえば、変電所や携帯基地局などが近くにない、電磁波の影響が少ない土地や、農薬の影響をできるだけ受けないよう農地のない場所などです。農薬は空気より重く、低いところにたまる傾向があるので、標高が少し高めの「丘」のようなイメージの場所を選びました。カビの影響を避けるため、風とおしが良く、湿度が低いことも重要なポイントでした。

高橋 : 化学物質を限りなく除去した新しい家に越されてから、どれくらいですか?

早川 : 一昨年完成したので、1年ちょっとになります。

高橋 : 体調の変化を感じられますか?

早川 : やはり住まいを変えたことは一番、大きく影響したと思います。改めて日頃、吸っている空気環境は重要だと思いました。ただ、引っ越してから最初の1年は好転反応でいろいろと辛い症状が出たのですが、1年過ぎてから落ち着いてきました。化学物質を極力吸い込んだり、触れたりしない暮らしをすることで症状を押さえられていると思います。以前使っていた家具や服も根こそぎ処分したので…。

高橋 : 常に悩まされてきたという頭痛もなくなりましたか?

早川 : はい、今はまったくありません。幻覚もなくなって視力も良くなった気がします。あと毎年、中国から黄砂が飛んでくる時期は、化学物質のせいでウツ状態になっていたのが、今年は大丈夫でした。以前は毎年、1月~4月頃が一番ひどくて、幸せなはずなのに「死にたい」という願望が出ていたのです。

高橋 : そうでしたか…。精神面でもだいぶ楽になって、本当に良かったですね。

早川 : 1月にエジソンの協会の「アレルギー対応食ツアー」で沖縄に行きましたが、バスでの移動の旅は本当に久々で新婚旅行以来でした。それまでは、病気のこともあって、バスは仕方なく乗る「移動手段」でしかなく、今回の旅行のように「娯楽」で乗るものではなかったので…。バスでの移動に「久々だなぁ」と本当に感慨深かったです。

1歳半検診で言葉の少なさを指摘され明らかに「発達の遅れ」を確信。親子面談を受けた夜に二語文が出た!

▲沖縄ツアー初日のランチでは、海を眺めながら名物もずく蕎麦を美味しく食べました

高橋 : ちなみに、娘さんの状態についてお聞きしますが、気になった症状はどのような点でしたか?

早川 : 1歳半検診で四語ほどしか出ておらず、言葉の少ない点を指摘されました。その後、2歳で再検査を受けると、やはり言葉が少ないので言語の発達を促す教室へ入れるように言われて…。特に診断名はついていなかったのですが、その時にピンときて発達障がいに関する書籍を読んでみると、そこに出ていた「クレーン現象」をうちの娘もしていたので、「これは明らかに発達の遅れだ」と確信しました。

高橋 : その時は、ショックでしたよね…。

早川 : 出産前から化学物質に気をつけた暮らしをして、できるだけ農薬を使わない食材を使うなど、色々と注意してきたのに、「なんで子どもに発達の遅れが出てしまったのだろう」と正直、辛かったです。その時、昔読んだ「マイナス2歳からの子育て」のことを思い出して鈴木先生の面談を受けることにしました。

高橋 : 面談を受けられていかがでしたか?

早川 : 「鈴木先生はすごい!」と思いました。フラッシュカードをしてくれたのですが、その時、親である私が見てもそのスピードが心地よかったのを覚えています。面談では、娘も張り切ってカードに集中して見ていました。しかも、面談から帰った夜、初めて「チュー、した!」と二語文を話したんです。なぜこのフレーズが出てきたのかはわからないのですが(笑)。

高橋 : 親子面談を受けたその夜に二語文が出たとは、素晴らしいですね!色々な親御さんにお話しをお聞きしていると、面談を受けた日を境に、突然トイレへ行けるようになった、言葉が増え始めたなど、変化が起きるお子さんはいらっしゃるのですよ。

早川 : 生まれてから2歳くらいまで、娘はとても繊細な感性の子で、1日中泣き通しでした。夜中は2~3時間眠るのですが昼間はずっと不機嫌で、とにかく泣いているんです。困って公園に連れて行ったり、ベビーカーに乗せていれば落ち着くのですが、買い物に行くとお店の化学物質に反応してパニックを起こし、床にはいつくばって起き上がらない状態でした。バスや電車にも乗せられないので、タクシーに無理やり乗せるしかなくて…。

高橋 : 本当に大変でしたね…。ちなみにお子さんは小麦や乳製品が好きなど、食生活で偏食はありませんでしたか?

早川 : 私の体調が悪くて、ご飯が作れない時はパンを与えることもありましたが、乳製品はもともと取っていません。ふくずみ先生の勉強会で、女性ならではの病気と乳製品の関係を知っていたものですから。

高橋 : 知識としてお持ちだったのですね。

▲沖縄ツアー初日のお芋掘り体験で。家族みんなでたくさん収穫できました

乳製品に加え、小麦粉の除去も行った結果、私自身が怒らなくなって笑顔に。子どもの改善は、親自身の健康から!

早川 : 小麦粉も良くないことは知っていたものの、自分でもパンを食べていました。改善指導を始めてから、とにかくいろいろな情報を集めてやれることは全てやっていこうと、IgE、IgA、IgGアレルギーの血液検査を3つ、合計96種類の食べ物検査を受けました。その結果を見る前に、ふくずみ先生の一言もあって、夫が大好きだったパンをやめる宣言をしまして、家族みんなで、小麦粉と乳製品の除去食を行いました。検査の結果は、卵、小麦粉、乳製品に反応が出ました。

高橋 : パン好きな旦那様がやめたとは、非常に協力的でしたね…。

早川 : 結果的に小麦の除去食はとても有効で、日中、泣き叫んでいた娘の症状もだいぶ落ち着いてきてました。何より親が改善すると、子どもも明らかに変わることを実感しました。こういうお子さんを持つお母さんご自身、「私には問題ないわ」と思っておられる方も多いと思うのですが、まずは親御さん自身の健康からです。親が健康でないと子どもに笑顔で接することもできないですし、私自身が除去食などの改善を行った結果、まず、怒らなくなって笑顔が出るようになりました。以前は感情の起伏が激しくて、精神の浮き沈みが多かったのが穏やかになりました。

高橋 : お母様自身の健康を取り戻した結果、なんですね。まさに親が変われば子どもも変わる!ですね。

早川 : おかげ様で娘もどんどん改善しています。

高橋 : ご家族で改善に向けて一体となって取り組まれた結果ですね。協力的な旦那様の力は大きいですよね。

早川 : 主人がエジソンの協会のトレーニングセミナーとエジソン・アインシュタインカレッジの講座を受けてから彼自身の心の中が変わったと思います。それまでは体に良くないと思いながら使っていた電子レンジも一切使わなくなりました。

▲お馬さんにも上手に乗ることができました。「よく頑張ったね」と一緒に参加したお友達からハグされる望ちゃん(写真左)牧場でお母様と(写真右)

発達の遅れは「ほぼ問題ない」状態に。お友達や動物と過ごした沖縄ツアーの後、さらに嬉しい変化が!

高橋 : 今、お子さんの状態で心配な点はございますか?

早川 : おかげ様で、発達の遅れについてはほとんど問題なし、だと思います。保育園でもお友達と仲良く過ごせていますし、今はお勉強のドリルに夢中なんです。

高橋 : まだ3歳で、既にドリルに夢中なんですね?

早川 : 本人がやりたがるので、やらせています。将来は鈴木先生のおっしゃるように「地球の役に立つ人間」に育ってくれたら、と願っています。字を書くのにも夢中なんですよ。

高橋 : それをお聞きすると本当に私たちも嬉しく思います。

早川 : 結果的にうちの子にはエジソンのメソッドが合っていたのだと思います。身体面の問題はふくずみ先生のところで治すことができても、その先「教育法」はまた別の問題ですから…。改めてその両方が大切なのだと痛感しました。

高橋 : 1月の沖縄ツアーに行く前と、後ではさらに変化があったそうですね?

早川 : そうなんです。沖縄の旅から帰ってさらに言葉が増えたのと、時系列がわかってきて「3日前に○○した」「3日後に○○する」など、会話でも、現在、過去、未来が理解できるようになりました。特に乗馬でお馬さんと触れたことはとてもいい経験になったようです。ツアーでご一緒したお友達とも仲良くハイタッチができて…。親である私たちもあれほど楽しかった旅は久々です。

高橋 : 本当にいい体験になってよかったです。今日は貴重なお話をありがとうございました。

お母様が取り組まれた6ケ条

・化学物質を除去する(衣食住)
・乳製品、小麦粉、卵を除去する
・お母様ご自身が健康を取り戻す
・困ったらフラッシュカード
・頭が熱いときはフィッシュオイル
・どんなときも「賢い子」として扱う

▲2日目の乗馬体験。牧場のお馬さんに大興奮

望ちゃんの変化

協会に来る前
言葉の遅れ(1歳半で「よいしょ」「おいしい」「トントン」「ワンワン」など四語程度)
一日中泣いている
買い物に連れて行くとパニックを起こす

生後6ヶ月
BCGを受ける。予防接種はこれだけで他はすべて拒否。妊娠中もお母様はインフルエンザ予防接種も拒否した。

2歳1ヶ月
小麦・牛乳の除去開始。母乳も飲んでいたので、母親自身も除去に付き合う。父親もそれまで大好きだったパンを中止

2歳2ヶ月:取り組みスタート
2012年6月2日:親子面談を受講。その夜、二語文を始めて話す。
同6月14日:改善の取り組みスタート。
同6月24日:発語は51語まで増加。化学物質過敏症対応在宅に引っ越し。卵の除去も開始。

2歳3ヶ月:取り組みから1ヶ月
「◯◯取ってきて」など親の言うことが理解できる
体に触られるのを嫌がっていたが、フラッシュカードの直後はマッサージを受けてくれる
「大きい」「小さい」の概念がわかる
引っ越しから1ヶ月後、お母様、引っ越し疲れのため家庭での取り組みを中断。家の片付けに専念する

2歳4ヶ月:取り組みから2ヶ月
発語は113語まで増加
家庭プログラム再開
「お父さん」「お母さん」と言える

2歳5ヶ月:取り組みから3ヶ月
ふくらはぎマッサージで発語がどんどん増加
発語ノートは167語まで記録した後、卒業
親の言ったことを90%ぐらいまで実行できる
我慢の回路ができ始める
「何歳?」「2歳」というやり取りができるようになり、自分のことを「〇〇ちゃん」と呼ぶ

2歳6ヶ月:取り組みから4ヶ月
名前を呼ばれると「ハイ」と返事をする
二語文を普通に話し、たまに三語文も話す
「悲しい」と言う感情を話す。「先生と〇〇さんとお母さんと柿食べた」など今日の出来事を表現できる

3歳:取り組みから10ヶ月
保育所に普通に入所
小麦粉、牛乳、卵の除去は続けている
買い物でのパニックがなくなる

3歳2ヶ月:取り組みから1年
日中、機嫌がよくなり夜泣きもなくなる

現在4歳:取り組みから1年10ヶ月
発達の遅れは「問題なし」と言えるところまで改善

▲沖縄ツアー最終日、貝がらを使ってフォトフレームを作る望ちゃん

会報誌『エジソン・アインシュタインスクール通信』21号から抜粋

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