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edit8歳,自閉症を改善、普通級に就学 改善体験談

「絶対に支援学校」といわれたが普通学級に就学できた

8歳,自閉症を改善、普通級に就学

平田恵人くん(8歳・小学校2年生、本名)

お母様・平田友紀子さん
・2011年4月,5月 ペアレントカウンセラー養成講座受講
・2013年11月,12月 エジソンアインシュタインカレッジ受講

▲先月1月25日〜27日に開催された沖縄ツアーに参加された際の家族ショット。
1日目のお昼を食べた食堂で海を背景に大はしゃぎ。

長男の恵人は1歳を過ぎてもなかなか言葉が出ませんでした。また落ち着いて座っていられない、バイバイの手が逆(甲のほうを外に向けて振る)など、いくつか気になることがありました。主人の母が保育士をしていたのですが、やはり言葉の遅れが気になるらしく、「一度病院で診てもらったら」と勧められました。でも私は「いつか絶対出る」と思いたかったのです。

でも2歳半過ぎてようやく「はい」が言える程度で、これはもう遅れを認めざるを得なくなり、病院に行ったら、「自閉症」と診断されました。3歳のときです。目の前が真っ暗になりました。「この子は普通の子じゃないんだ」と愕然としました。

何とかしたい一心で、大手学習塾がやっている障がい児のための通信教育を受けさせました。すると食べ物の名前など、自分が興味を持っているものに関してはかなり言葉が出るようになって、「○○ちょうだい」と言えるようになりました。ただ、言葉は出るものの、それをつなげて文にすることがなかなかできないんです。多少の改善はあったけれど、やはり限界を感じてしまいました。もっと改善させる方法はないのか、もっと他にやるべきことがあるんじゃないかと思い悩みました。奇声をあげたり、異常行動を起こすということはなくて、気になるのは言葉の遅れだけでした。

切羽詰った気持ちでいたところ、鈴木先生の本を知りました。その一週間後には親子面談を申し込んでいました。その後セミナーを受け、家でトレーニングをはじめました。しかし最初はちっとも集中できず、自分の興味のある方へフラフラ行ってしまったりしていました。でもフラッシュカードは楽しそうに見てくれていたので、続ければ必ず改善するだろうと信じて続けました。すると徐々にですが、変化が現れ始めました。回を重ねるごとに集中して取り組めるようになってきたのです。最終的には1時間ちゃんと座ってできるようになりました。それと同時に落ち着きが出てきて、通っている保育園でもちゃんと座れるようになってきたと言われるようになりました。

食事も変えました。小麦と牛乳をやめました。両親からは「おかしな宗教でもはじめたんじゃないか」と言われたりしましたが、やれることは全部やろうと思っていました。あとから毛髪検査を受けたらやっぱりアレルギーがあることがわかりました。

▲アレルギー10品目の除去食が提供された沖縄ツアーでの朝食の1枚。
恵人くん、いつも以上にたくさんご飯を食べました。

小学校入学はまさにバトル

改善しつつある中で、小学校入学を迎えたのですが、教育委員会、市の福祉担当者から勧められたのは「特別支援学校」でした。支援学級でもなく、支援学校です。でも私としてはどんなに頑張っても普通学級に入れたかったんです。恵人は市の教室でほかの子が走り回っていてもきちんと座って話を聞けていたし、子どもの可能性を閉ざしたくなかった。協会では浅井先生に指導を受けていたのですが、浅井先生にも「恵人くんはやればできるんだから、脳に刺激を与えるためにも普通学級でないともったいない」と言われて、その言葉に背中を押された思いでした。浅井先生が強く後押しをしてくれなかったら普通学級には入れられませんでした。

というのも、圧力がすごかったんです。「恵人くんのことは就学委員会にかけますから」と言われて、病院の先生にも「絶対に支援学校だ」といわれ、保育園も「落ち着いていられないから」と言われてしまって…。四面楚歌状態でした。話し合いを何度もして、いろいろ言われて、でも最後は私が「やってみなければわかりませんよね」と言ったら、みなさん黙ってしまわれて…。それでやっと普通学級に入ることが決まりました。

▲平田さんお手製の教材

普通学級でこれだけやれた!

1年生に入って、支援の先生が一人ついてくれました。その先生のことが大好きになって、担任も優しい先生で、いい感じでスタートできたのですが、つまずいたのは算数の計算でした。足し算を一人でできなくて、答えを書けないんです。テストが0点で帰ってくることもありました。家でもずっと教えて、歌で入れて、それでやっとできるようになりました。そうしたら次に引き算が始まったらまたこれができない。学校に呼ばれて見に行くと、わかっていても答えが書けないみたいなんです。それで私が「こうやってやるんでしょ」と2、3問教えたら、その場ですぐできたんです。支援の先生もビックリされていました。それが自信になったみたいで、それから計算の力がぐんぐん伸びました。息子の学校では学期ごとに「博士テスト」というのがあるんですが、1学期の「計算博士テスト」は0点だったのに、2学期の計算博士テストは100点でした。あと平仮名とカタカナも80点以上を取れて合格しました。

支援の先生がつかなくなった

3学期になるとビックリすることが起こりました。校長先生に呼ばれてこう言われたんです。「恵人くんはすごく伸びています。学校には恵人くんよりも勉強を支援しないといけない子どもがいっぱいいるから、支援の先生をその子達に回したいのですが、いいですか?」 飛び上がるほどうれしかったです。あれほど「特別支援学校でなければ無理です」と言われた息子が、普通学級で一人でやれると認めていただけたのですから。家庭学習もいっそう頑張ってやろうと励みになりました。担任の先生も主人に「恵人くんがこんなにできるとは思わなかった」と言ってくれたそうです。今は2年生になりましたが、毎日楽しく通えています。友だちとはなかなか関われないのですが、5年生の女の子が恵人のことを気に入ってくれて、とてもよく面倒をみてくれるんです。休み時間に遊んでくれたり、手をつないで歩いたり走ったり。とても感謝しています。

色々あったけれど、結果的に普通学級に入れて本当に正解だったと思っています。もちろん、どんな状態でも普通学級に入れさえすればいいとは思っていなくて、支援学校や支援学級で同じような子どもと関わるのも、それはそれでいいことだと思うんです。でもやはり普通学級で普通の子と関わることから受ける影響は大きい。みんながしゃべれるという環境にいれば言葉も自然と伸びると思うし、クラスの中でいろいろ助けてくれる子もいて、心の成長にもなる。最近では「ありがとう」という言葉がよく出るようになったのですが、これは間違いなく学校の影響だと思います。

もちろん手放しでいいことばかりではなく、2年になって先生が変わったとききに「支援学校に行くならお早めに」と言われたこともあったし、協会の会報誌で「1ヶ月で○○ができた!」などという体験談を見て「うちの子はまだまだだ」と落ち込むこともあります。でもあきらめることなく、本当にちょっとずつでもいいから、改善を続けていけば必ず結果は出ると信じています。今後も未来に向かってトレーニングを続けていきます。

会報誌『エジソン・アインシュタインスクール通信』20号から抜粋

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