029-255-1919月~土(祝日除く)10:00~18:00
029-255-1919月~土(祝日除く)10:00~18:00

edit8歳,進行性大脳萎縮症(奇声・奇行など問題行動) 改善体験談

進行性大脳萎縮症と診断された娘が奇跡の改善!
取り組み始めて数日後に医師も認める変化が!

8歳,進行性大脳萎縮症(奇声・奇行など問題行動)

本村佳代子ちゃん(仮名・8歳)

普通の子だった娘。
突然、奇声・奇行がはじまって…

井上祐宏(以下、井上):本村さん、こんにちは。娘さんに障がいとか、少し発達に遅れがあるんじゃないかとか、感じ始めたのはいつ頃ですか?

本村静子(以下、本村):そうですね、感じ始めたというより、うちの子は普通の子だったんです。以前は特に異常を感じることもなく、たくさんおしゃべりもしてくれるし、普通に元気な子で育ってきていました。

井上:そうなんですか。

本村:保育所に通っていたんですが、毎日が楽しいみたいで、先生からも、「クラスの中で一番お姉さんでしっかりしています」とか「佳代ちゃんは賢いです」とかいわれたこともありました。
でも、3歳11か月の頃に水疱瘡(みずぼうそう)にかかり、通常の経過で治癒して、保育所にも行けるようになったんです。ところが、なぜだかその頃から保育所に行くのをすごくいやがるようになりました。
それに、一人で歩くことを嫌って、ひんぱんに抱っことかおんぶを要求しました。
まあでも、この年齢特有のものだろうと思って、特に心配はしていませんでした。

井上:なるほど。

本村:それから3か月くらいたった4歳2か月当時のことなんですが、保育所の担任から「佳代ちゃんの様子が気になります」って声をかけられました。今までできていたことができなくなったり、どこに何を置いたりとか、やったりするのが分からなくなったように見えるとか、いろいろいわれたんです。
でもその時は、私が佳代子の2歳上のお兄ちゃんのことばかり構っていて、佳代子を放っておいたので、愛情不足から起こしていることだと思っていました。
しかし、また1か月くらいしてから、先生に呼びだされ「問題行動がさらにひどくなっている。一度専門の先生がいる病院で診てもらった方がいいのではないか?」といわれました。
私も確かに「あれ?」と思うことがあって、よく観察していると、服の襟や袖、ボタン、指とかを常に口の中に入れてなめたり、かじったりしてるんです。

井上:ああ、奇行ですね。

本村:目も頭も体も、きょろきょろごそごそ動かして、じっとしていられなくなってました。文章の言葉がいえず、短い言葉でもうまくいえなくて、奇声を発するようになりました。

井上:奇声ですか?

本村:それまで当たり前に口にしていた、年齢、色の名前などまでもいえなくなって、笑顔も消えました。

井上:そんなことがあるんですね。

脳の萎縮図

あっという間に症状が悪化。
小児科医の診断は「原因不明」、CT検査の結果は「大脳萎縮と脳室の広がりがある」

本村:その変化のスピードが速く別人のようになってしまうのに、あっという間でした。
それで、病院に電話をしてまず、小児科の先生に診ていただくことになりました。先生からは、「まれに水疱瘡が原因で脳にマヒとかの障がいが出ることもありますが、佳代子ちゃんがそれに当てはまるかは、検査しても分かりません。 原因も小児科でははっきりしたことは分かりません」といわれました。

井上:原因不明ですか。

本村:それでは納得できないので、CT検査をしてもらうと、放射線科の所見で、「大脳萎縮と脳室の広がりがある」ということでした。
小児科の先生は、「このような脳は見たことがない。良くなることは考えにくい。老人のアルツハイマーや、認知症と同じような脳です」と断言されました。
希望的な言葉の一カケラもなかったのです。私はあまりのショックで、頭の中が真っ白になって、椅子に座っているのがやっとでした。

井上:大変でしたね。

勝手に動き回り、常に危険な状態が続く

本村:帰宅して少し冷静になって、まあ、医者があんなこといったけど、すぐに元に戻るに決まっているでしょう、と自分をなぐさめようとしました。でも、不安は消えませんでした。
それからますます佳代子の状態が悪くなってきました。
服の襟元をなめていたのが、噛むようになって、朝着ていった服は、帰る時には着替えられていて、カバンの中には襟がびちゃびちゃでボタンのとれた穴だらけの服が入っていました。これを見るともう深いため息しか出てきませんでした。
トイレもうまくできなくなったし、オムツで過ごすことが増えました。言葉も、目についたものを短い単語で「あか」とか「かに」とかを繰り返すことしかできなくなりました。スーパーでは、手に届くものはとりあえず触って落とす。もう、めちゃめちゃ。症状は悪化するばかりでした。

井上:目が離せませんね。

本村:洗面所とかお風呂場とかも、目を離した時は水を出しっぱなしにして、ずぶ濡れになっていたこともありました。トイレの芳香剤や洗浄剤をまき散らすのはしょっちゅうでした。

井上:危ないですね。

本村:ええ。炊飯器のボタンなんかも押して、空だきにしますし、とにかく何かボタンはとりあえず押すっていう感じでした。夜もなかなか寝付かないで、夜中7回とか8回は目を覚ますことがほぼ毎日続きました。
そんな状態で、佳代子が日ごとに変わっていくのを目の当たりにしながら、私と主人は不安と恐怖が増すばかりでした。2人でよく泣きました。この子をどう扱ったらいいのか分からなくて、一緒にいるのがすごく苦痛でした。

井上:そうでしたか。

本村:そんなある日、怒りがすごくこみ上げて、「もうあんたは人間じゃない!動物よりも鳥よりも虫よりもひどい!アリだってきちんと並んで歩けるのよ! こんなめちゃくちゃしないから!」って大声を張り上げていました。   でも、そういったあと涙がすごく溢れました。

最後に与えられた診断名は
「進行性大脳縮症」

本村:その後、かかりつけの先生が、別の大学病院に大脳萎縮などを専門とする先生がいることを教えてくれて、診察してもらいました。
でもその大学病院の先生からも、いいことは全くいわれず、「いつてんかんが起きてもおかしくない状態だし、この先大脳は元の大きさに戻ることは期待しない方がいい」と宣告されました。
4泊5日の検査入院の結果は要するに「原因不明」で、最後に与えられた診断名は「進行性大脳萎縮症」でした。
この時4歳7か月だったんですが、「佳代子の脳は何歳レベルなんですか?」と聞きましたら、「生まれる前の胎児レベル」といわれました。
佳代子の脳と、生後2か月の普通児の脳のMRIの画像を並べて見せてくれました。そしたら、佳代子の大脳の方が小さくて、脳室が大きく写っていました。あまりにも辛い現実でした。

井上:お察しします。その後、うちの協会はどういうご縁で知ることになったんですか?

本村:はい。ちょうどその頃、祖母が新聞の広告欄で鈴木先生の『子どもの脳がどんどん良くなる』という本を見つけて、私に教えてくれました。 早速購入し、読み終えるとすぐ、エジソンの受付センターに電話して、1週間後に親子面談を受けることができました。 ワラにもすがる思いというか、とにかく佳代子がひどかったんで、もう何かやらなきゃ、という気持ちでした。

井上:なるほど、それで、実際に親子面談を受けて、どうでしたか?

本村:主人と3人で行きました。佳代子もやっぱり緊張していたんでしょうね、日頃よりは少しおとなしくしてくれていたんですが、ずっと襟元の服噛みをしていました。

エジソン・アインシュタインスクールメソッドを始めて数日後に変化が!
母親業でなはく親修行

井上:その親子面談でトレーニングセミナーを受けようと決められたそうですが、実際の取り組みはどんな具合に始められたんですか?

本村:まずはフラッシュカードからですが、なかなか見てくれず、椅子にベルトで固定して、「もう、見てよ! 見てよ!」ってやってました。
セミナーで教わったように「ニコニコ笑顔で笑って笑って」って頭ではわかっていても、佳代子の様子を見ると、なかなか笑えないんですよ、これが(笑)

井上:そうですね。意識して絵笑顔をつくるのも大変ですね。

本村:そうなんです。まさに「親修行」でした。始めの頃は家族の中もごたごたですよ。「もう取り組みができない!」「なんとかしてよ!」といって、主人に八つ当たりですよ(笑)。
けれども、取り組みを始めて数日後に、病院の先生から、「以前に比べて言葉が増えてますね」「落ち着きが出てきましたね」っていわれたんです。

井上:え? 数日後にですか!? しかもお医者さんが?

本村:はい。でも、その前があまりにもひどすぎて、たまたまその時よかったのかも知れないと思いました。

井上:お医者さんからいわれたということは、客観的にも違いが感じられたんでしょうね。

本村:保育所の先生からも、「なんか最近急に良くなってますよ。ニコニコよく笑うようになり、友達との関わりが増えて、指示を聞いて行動できるようになっています」といわれました。
佳代子の状態が悪くなって、鈴木先生に会うまでの1年間は、もういいことなんか何一ついわれなかったので、すごく嬉しい言葉でした。 でも、いいことばかりでもなく、問題行動は依然としてありました。

井上:そうでしょうね、1か月の変化ですからね。その後はどうでしたか?

発達指数の推移。取り組み開始からの37か月間

支援学校を勧める学校側に
抵抗できた理由

本村:れからまもなく、就学のことを考える時期になりました。 病院の先生からは、「小学校では普通学級に入れると、親子とも傷つくから支援学級の方がいい。しかし、支援学級は生活の監視まではしてくれないので、支援学校の方がいい」とアドバイスされました。

井上:お医者さんの立場ではそうですよね。

本村:はい、もちろん。地域の小学校の教頭先生とも話したんですが、「はっきりいって、今の佳代子ちゃんの状態では支援学級でも受け入れられない、支援学校を考えたらどうか」といわれました。
たしかにそうだな、と私も思いました。 でも私はその時、発達検査表のグラフを持っていったんです。それで、一番ひどい時はこんなだと、今ここまで来てます。わずかな期間にこんなに伸びたんです。ですから、これからもっともっと伸びますって訴えたんです。

井上:素晴らしい!

本村:すると、教頭先生はしばらく佳代子の様子を見て、「じゃあ支援学級の中に、もう一つ病弱学級を新設して、先生1人と佳代子ちゃんというようにする方法もあるわね」っていってくれました。

井上:理解のある先生ですね。

本村:そこで私はすぐに教育委員会に電話をしてその話を伝えたんです。 そしたら、「今までにないクラスを新設する場合、すごく大変なんですよ。お母さんは支援学校っていうのをどう思われますか?」っていわれました。 それで、私は「支援学校なんてもう考えられません。佳代子は良くなるまで不登校にさせます」っていいました。

井上:なるほど、すごい!

本村:でも、私がそんな強気なことを言えたっていうのは、鈴木先生とカウンセ ラーの方の存在があったからなん です。

異例の診断名変更
進行性大脳萎縮症が大脳萎縮症に

本村:やっぱり鈴木先生の、「大丈夫」っていうのはすごく心強いし、カウンセラーの方は、佳代子がなかなか変わらなくてつらい時に、いつも前向きに話をしてく れるんです。

井上:そうですか。

本村:それに、入学を3か月後に控えた頃、大学病院の先生が、嬉しいことをいってくれました。「佳代子ちゃんは進行性ではないですね。言葉も増え、良くなってます」って。メソッドを始めて約1年で、進行性じゃない、と診断されたのです。

井上:それは驚きですね。脳の状態も変わってきたんでしょうか。

本村:そうだと思います。4月になりましたので、地域の小学校の、新たに設置していただいた「病弱学級」に入学することになりました。

井上:病弱学級が出来たんですか?

本村:作ってもらいました。

井上:働きかけが実ったのですね。素晴らしいことですね。

1年生と2年生の参観日では大違い
1年間で多動や衝動性が減った

本村:病弱学級を新設していただけるよう働きかけて良かったです。娘も学校自体はすごく大好きで、連れて行くのに困ったことはありません。
授業は先生と1対1のことが多くても、休み時間とか、交流級での授業なんかもありますしね。同じクラスの子とか、学年の子とか、違う学年の子でも、よく関わりをもってくれているみたいです。
今は2年生で、多動や衝動性は、すごく減りました。先日の参観日では、少し離れたところで立って見ることができましたが、いわれた課題を最後までやり遂げていました。

井上:それは素晴らしい。

本村:はい、1年生の参観日では、私は佳代子の椅子のそばで膝まづいて、立ち上がらないように体を押さえて、「これやらなきゃ」とかいってたんです。
1年生と2年生の参観日では大違いでした。
最近特に伸びたのは言葉です。2語文3語文の頻度が増え、少し前までは「おはよう」とか「ありがとう」とかしかいえなかったのに、今は「おはようございます」「ありがとうございました」など、ちょっと長い文もいえるようになりました。

井上:改善が進んだのですね。

本村:だから学校の先生方も「目を見張る成長ぶりです」といってくださいます。食事も、きちんと椅子に座って、お箸を使って上手に食べてくれるようになりました。私は見ているだけのことが多くて、すごく楽になりました。

日常の中でも改善が
もっと伸びると確信できる

本村:あと、お買い物にも連れて行けるようになりました。商品とか、ほかのお客さんに触ったりせず、一緒に買い物カートを押してくれたり、買った物を袋に入れてくれるようなりました。
問題行動がひどかった頃に比べると、もう雲泥の差ですね。まだまだ年相応ではないんですが、でも、着実に伸びています。
だから、もっともっとこれからも伸びるんじゃないかなっていう確信はありますね。
最近はすごく笑顔がいいんですよ、にこーっと笑って。
以前はまったく笑わなかったんですから、にらみ付けたような顔をしてくるので、こっちがムッとするんですよ。「なんでそんな顔するの!?」って思って良い気持ちはしません。でも今は、とても自然な笑顔を見せてくれるので、ああいいなあって思いますね。

井上:そうですか、それは勇気づけられますね。最後になりますが、いろんな形でお子さんの問題行動に困っていらっしゃる親御さんに、今の本村さんから、どんなことを話してあげたいですか?

本村:迷っているんだったら、やった方がいいですね。実際、私、もしエジソンに出会ってなかったらって、思うときがあるんですね。きっと今頃支援学校の教室のすみの方で、一人で座りこんで、服の襟をかじってたんだろうなって、正直思います。やっぱりやって良かった。もうそれだけです。それに尽きます。

井上:今日はいいお話を、本当にありがとうございました。

会報誌『エジソン・アインシュタインスクール通信』35号から抜粋

発達障がいは改善できる。エジソンアインシュタインスクール通信は会員の皆様に無料でお届けいたします。会員登録はこちら

  • 親子面談詳しくはこちら
  • 鈴木昭平の講演会スケジュールはこちら
  • 改善体験談|奇声、多動、パニックがおさまり普通学級に進学できるまでに!
  • 無料会員登録|知的発達障がい改善の最新情報が会報誌、メールマガジンで届く!