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edit4歳,小児性脳性麻痺,軽度の知的発達障がい 改善体験談

小児性脳性麻痺と診断された息子が着実に改善!

4歳,小児性脳性麻痺,軽度の知的発達障がい

佐村陽輝くん(4歳、実名)

ご両親:佐村裕史さん、博美さん(実名)
聞き手:井上祐宏理事

小学校は普通学級に行けるよう日々奮闘中!

低体重児で生まれた息子は、1歳半の検査で
「小児性脳性麻痺」と診断された

井上祐宏(以下、井上):息子さんの陽輝(はるき)くんに障がいがあることに気づかれたのはいつ頃ですか?

佐村博美(以下、佐村(博)): 出産時に1,609グラムの低体重児だったものですから、不安や心配はありました。普通は生後半年か7か月ぐらいで首がしっかりと座るのに、1歳になっても、首が座っていませんでした。そしてお座りができない。ハイハイができない。通常であればできるはずの月齢に達しても、全体的に少しずつ遅かったのが、発達の遅れに気づく始まりでした。
低体重児だったので、産んだ病院で定期的に、母子手帳の定期健診とは別に要経過観察「成長を見守りましょう」ということで、コンスタントに発達の状態を診て頂いていました。
発達がやはり遅いので、こちらから申し出て、1歳半くらいの時にMR検査をして頂きました。その時に「脳室(脳を輪切りにした時に空洞っぽく見えるところ)にちょっと白い影がある」と言われました。つまり「お子さんは運動系の神経の伝達が滞っている。ただ年齢が小さ過ぎるために断言はできないけれど、MRの画像を見る限りでは、おそらく『小児性脳性麻痺』でしょう」というような感じだったんです。
それでその後に、市が運営している発達障がい児を看てくれる所を紹介して頂いて、小児科と整形外科にかかるようになったんです。
その当時は、言葉も若干遅い。でもその次に覚えたのが自分の名前の「はるき」と「おかあさん」っていう単語で、それはスパッと覚えたんです。

井上:陽輝くんに障がいがあることがMRの画像データを通して告げられた時に、どういうお気持ちでしたか。

佐村(博):陽輝は、ぱっと見た感じでは障がいがあるようには全然見えませんでした。笑顔も出ていて、声を出して笑っていたんです。だから「そんなばかな。本当なんですか?」っていう感じでした。
「いつかできるようになるだろう。小さく生まれたし、遅くはなったけれど首も座ったし…、もう少ししたら歩くんじゃないか」って思っていましたから。
満2歳の時に、一般的な発達検査を受けた際の判断では、「中度に近い軽度の知的発達障がい」という判定で、療育手帳が発行されました。

幼稚園に入園

親子面談を受けて、息子の反応にビックリ!

井上:当協会のことはどうやって知ったのですか?

佐村(博):私の実弟が鈴木先生の著書を見つけてくれて、「姉ちゃん、こんな本があるよ。ちょっと読んでみない?」というのが始まりでした。
鈴木先生の講演会に主人が1人で行ったのが2015年の1月です。そして親子面談を受けたのは、翌月2月です。
鈴木先生が、陽輝に最初に高速楽習カードをめくった時のことは今でも覚えています。
どもが、見たことも聞いたこともないカードを10枚くらいめくっていって、「アリはどれ? クモはどれ?」って言われたとき、じっと見てるんですね。お歌でも「大陸は6つの大陸にわかれていて、ユーラシア大陸…」って歌が流れてて、私たちでも聞き取るのがやっとの速さだったのに、その地図も見て、指さして答えるんです。
鈴木先生の著書を2、3冊買って読んではいましたが、やっぱり半信半疑でした。でも目の前で見せられると否定しようがないので、びっくりした記憶が残っています。
それからも病院をいくつか転々として、新聞で紹介されているような有名な先生の病院が近所にあったので、そこでも診てもらったんですが、結果「要観察」だったんです。何軒か回ってもほぼ同じ反応で、「これじゃあどうしようもない」ということで、昨年の6月(息子が3歳3か月)からエジソンのメソッドに取り組み始めました。

井上:それまではいろいろな療育施設に行っても要観察、様子を見ましょうということで、実際のところ改善は?

佐村裕史(以下、佐村(裕)):言葉は何個か増えましたけれど、特別な改善は何もなかったですね。

フラッシュカードのトレーニング中

メソッドを始めて、社会面と言語面に大きな改善が!

井上:メソッドを始めるときの発達の状態は?

佐村(博):月齢34か月の時にエジソンの発達検査表でチェックしてみました。その時は、社会面の発達が19か月。言語面の発達が23か月。知覚面が15か月と16か月の間。身体面での発達が13か月です。
かなりの遅れがあったんです。それぞれ月齢には程遠い感じでした。

井上:実際にトレーニングを始められてどんな形で改善が起きましたか?

佐村(博):社会面と言語面が大きく変わりました。始めてすぐの段階で子どもが「お母さんが○○して」が言えるようになりました。
お花を見て「きれいだね」「お花だね」と言うようになったんです。
そしてフラッシュカードを1〜4巻、英語版DVD1〜3巻をすぐに購入しました。初めの数か月は20枚ぐらいで、少しずつしか覚えられなかったのが、半年後ぐらいからは一気に覚えるのが増えました。その一方で、カードをフラッシュしていくのをいやがり、1枚1枚自分で確認して覚えるようになりました。さらにびっくりなのが、英語の発音です。あまりにきれいに発音するので、逆に私たちには聞きとれないこともしばしば。英単語も私たちの知らない言葉が出てきて、子どもに「○○だよ」と教えられるようなありさまです。
社会性がついてきて、それまでは「家族」という小さな範囲にしか意識が向かわなかったのが「お友達と先生」というふうに幅が広がってきました。
私がいなくなると泣き、とりあえず先生がそばに来てくれると泣き止むという感じでした。お手洗いとかで席を外したときでも、「先生」って呼んで来てもらうと、自分が安心するようでした。少しずつ自分の周りのことを見れるようになってきました。

井上:それ以前はご家族と離れると大変だったんですか?

佐村(博):小さいですし、歩けないので、車に乗るときは荷物を先に積んで最後に子どもを乗せるんです。そのときもちょっと私が離れると「お母さん、お母さん、お母さん」ってずっと泣くんですね。それが後々には「お母さん荷物おいてくるから、ちょっとだけ待っててね」って言うと「はい」って返事をして待てるようになりました。

井上:失礼ですが、お子さんは自分では歩けないんですね。

佐村(博):今もまだ歩けないです。でも訓練して、杖があれば自立歩行ができるようにはなっています。

数字並べ

会話ができるようになり、普通の幼稚園に入れた!

井上:食べ物なんですけれど、牛乳とか小麦を除去することはされていますか?

佐村(博):もちろん! 鈴木先生の著書を読んでからは、スパッとやめました。読んだ時点で小麦粉は米粉に替えたりとか、パン粉も米粉入りのパン粉にしたりしました。牛乳も豆乳に、お米も白米から五分づき米に替えました。
主人も私もおやつという概念がなかったので、子どものおやつも焼きイモとかおにぎりでした。

井上:メソッドに取り組んで、一番うれしかったことは?

佐村(博):悪かった時から今を思えば、会話が不自由なくできるようになったことがうれしいですね。あと幼稚園にこの春から通い始めたので、普通の幼稚園に入れたこともすごくうれしかったです。

DQ(発達指数)値の推移

小学校は、普通学級に入れることしか考えていません

井上:今も定期的に鈴木先生の個人レッスンを受けておられるそうですが、最近の発達検査表での状態はどうですか?

佐村(博):個人レッスンを受けたのは今年の3月が最後です。そのときは、実年齢より社会面が半年近く遅れていて、言語面が2か月劣っています。

井上:充分射程距離に入っていますね。

佐村(博):DQ(発達指数)値のグラフで〇のところだけだったら70%、○と△を合わせると96%。可能性の差としては25%位です。

井上:じゃあ十分小学校の普通学級に進学できますね。

佐村(裕):鈴木先生の著書を読んで、取り組み始めてからは、正直、普通学級しか考えていません。

英語の学習

身体面の遅れも小学校入学までには取り戻します!

井上:陽輝君に障がいがあることがはっきり分かってから協会に出会うまで約1年半、その間で一番つらかったこと、大変だったこと、といわれたらどんなことを思い出されますか。

佐村(博):お友達がお外で遊んでいるのに、いつも窓辺から見ているしかできない、そんな息子の姿を見ていて、かわいそうでした。それと杖で歩けるようになっても、小さなお子さんから「どうしてこんな格好で歩いているの?」と聞かれると、陽輝に対して「ごめんね」って思ってしまいます。
本人は歩けるだけでうれしいみたいで、全然気にせずに、行きたいところに行って遊んでます。でもそのうちいじめの対象にならないかと思うと…(涙声)、すみません。

井上:でも以前と比べたら、どんどん身体能力も上がって来てますからね。

佐村(博):はい、確かに低いなりにちゃんと伸びては来てますので、そのへんは残り3年で取り戻すつもりです。

英語の学習

もっと多くの人に協会のことを知ってほしい

佐村(裕):私は「特に療育センターのママさんたちに鈴木先生の著書を読んで頂きたい。鈴木先生の面談を受けて頂きたい。それで少しでも改善される子どもさんがいるなら」と、いつも言っています。

井上:佐村さんは、同じようなお子さんをお持ちになっている親御さんたちに対して、言ってあげたいこと、伝えたいことはありますか。

佐村(博):ほかのお母様方と同じだと思いますが、もし鈴木先生の著書を手に取る機会があるのなら、ぜひ試して頂きたいと思います。<
療育センターに2年間通ったんですけれども、そこで知り合ったお母さんに、鈴木先生の著書を「読んでみて」って言ってお渡ししたことがあります。また、私が協会を知った半年くらい後に、偶然鈴木先生の本を読んだお母さんがいました。でも鈴木先生の面談には行っていないようですが。

井上:もったいないですよね。

佐村(博):この2人のお母さんからは「陽輝君は元からしゃべれてたもんね」みたいな感じの言葉が返ってきました。
でも陽輝だって、すべての言葉をしゃべれていたわけではありません。療育センターでお世話になった先生にも、思い切って「こういう本と出会って頑張ってます。先生方にこそ読んで頂きたいんです」って言いました。

井上:ありがとうございます。ところでなぜ実名でインタビューを受けていいと思われたんでしょうか。

佐村(博):療育センターで出会った子どもさんは、陽輝にとって初めてできたお友達なんです。だから、その子たちにも良くなって欲しいですし…。
自分の子どもがこんなにまで改善できて、今では幼稚園の先生も「言葉の遅れがあるようには思えません」って言ってくれるまでになっています。ですから、ご協力できることはしたいと思って、少しでもちゃんと信じていただけるように、実名での取材を受けさせて頂きました。
メソッドに取り組んで電話での指導を受ける際に、協会のスタッフの方がよく「子どもさん自身が頑張り屋さんです」って言ってくれているので、それは親である私たちも「本当によく頑張っているな」とは思います。
やっぱり本人が一番うれしいと思うんですよ。できなかったことができるようになったっていう実感が。家族という小さな集団から幼稚園という大きな集団になって、できることがある、みんなと一緒だっていうことが。
窓からほかのお子さんが遊んでいるのを見ているような子だったのが、その中にいられるっていうのがすごくうれしいんだと思うんです。
やっとこの頃になって「陽輝がするから」という言葉が立派に出てきましたし、本当に「まだまだ伸びしろがある」って鈴木先生がおっしゃることの意味がよくわかります。
私たち自身と子どもを信じて、常に何ができるかを考えて、前向きにがんばって行きます。

  • 全く歩けなかったのが歩行器を使って歩けるように!

会報誌『エジソン・アインシュタインスクール通信』31号から抜粋

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