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edit6歳,発達の遅れ,奇声 改善体験談

療育手帳重度の判定を受けた我が子
協会に出会っていなければ、今頃どうなっていたかわかりません!

6歳,発達の遅れ,奇声

山崎明美さん(仮名,42歳)、山崎将太くん(仮名,6歳)

▲山崎さんから寄せられた直筆のお手紙

奇声、便秘、歩けない…療育手帳重度の判定を受けた我が子3才の時点で「赤ちゃん」そのもの

私は検診のエコー検査で、妊娠7か月の時、胎児の心臓に異常があると指摘されました。とても不安の中での出産でした。
出産後の検査で3つの穴が開いていることがわかりました。生後間もなく3000gにも満たない小さな体で手術を受けました。手術は無事、成功しました。
しかし、いつまでたっても運動面、精神面ともに全く成長を感じることができず、この子は成長しない子どもなのではと、毎日、不安の中、過ごしていました。人の目が気になり、私も家にこもりがちになっていきました。3才のわが子は「赤ちゃん」そのものでした。
歩けない。
ただ泣くだけ。又は奇声をあげる。
かむ力、飲み込む力が弱く、つぶしたり、細かくきざんでいました。みそ汁、お茶もむせるので、とろみをつけていました(離乳食でした)。
毎晩、1時間ごとの夜泣き。
ひどい便秘(1週間に1度、薬で排便)。
見た目も1才前後の赤ちゃんでした。
身体障害者手帳2級、療育手帳重度の判定をもらっていました。

行くところも頼るところもなく母親である私自身がうつ病に。障がい者施設の入所を勧められて…

それまで何もしなかった訳ではありません。いくつか医療機関をまわりました。
ほとんどは「大きな手術もしていますし、とりあえず様子をみましょう」でした。
その中で小児神経の先生は異常にやわらかい筋肉のせいで歩けない、治療はできないと言われ、それっきりでした。理学療法士の先生はリハビリをしても歩ける保証はない、たとえリハビリをしたとしても気休めです、と。
療育センターに行くと、「治すことが目的ではなく、この子らしく生きていける方法を一緒にみつけましょう」でした。
もう治らない、良くなることはないと決めつけられたようで愕然としました。
もう、行くところも頼るところもない。
夜泣きのせいで眠れないことも重なり、私自身体調をくずし、その後うつ病に。
子どもをかわいいと思えなくなり、お願いだから、いなくなってほしいと思うようになりました。
精神科を受診した際、先生から「うつ病は、子どものせい。障害者施設の入所も考えたらどうか。子どもを手離せばあなたも楽になれる」と言われました。
楽になれるならそれも一つの方法だと納得している私がいました。

そんな時、新聞広告で鈴木先生の「子どもの脳にいいこと」を知り、購入しました。読んでみると、運動面、精神面共にここまで重度の症例は載っていなくて、やはり、ここも、私たちが行く場所ではないかもしれない。
それにちょっと怪しい気もするし…。

迷っていると後押ししてくれたのは主人でした。
とにかくやってみよう。少しでも、今より成長するかもしれない。
わらにもすがる思いで、エジソン・アインシュタインスクール協会に電話しました。そして親子面談の予約をしました。

面談では、体がやわらかいせいで、1人でいすに座ることもできず、落ちつきは全くなく、先生のお話も全然聞くことができませんでした。フラッシュカードは少しみたかな、という程度でした。
そんな姿をみても鈴木先生は「大丈夫」と言って下さいました。

そして夫婦でトレーニングセミナーに参加させていただきました。
親の意識がガラッと変わりました。親の意識改革をするセミナーは本当にすごいと思いました。
「この子のためにできる限りのことをしよう。私がやるしかない。絶対にあきらめない」。強い決意の中、家に着きました。
今までの気持ちと全く変わっていました。すぐに取り組みをはじめました。

取り組みから1~2ヶ月で歩き始め、病院の先生方からも驚かれる変化が。夜泣きも便秘も改善、本当に奇跡のよう!

1~2か月を過ぎる頃にはぐにゃぐにゃした体が少し、しっかりしてきたと感じるようになりました。そして自力で立ち上がり、ヨチヨチ歩きだしました。
病院の先生方もびっくり! 本当におどろかれました。
言葉の理解が少しできるようになり、こちらの言う簡単なことはわかるようになりました。
指差しができるようになり、少しだけ要求が伝えられるようになりました。
夜泣きはなくなり、朝までぐっすり眠れるようになりました。
便秘も治り、薬ものまず、自然にほぼ、毎日出るようになりました。
本当に奇跡のようでした。

3か月程過ぎると食事のほうも、つぶしたり、細かくきざんだりしなくても、みんなとだいたい同じものを、よくかんで食べられるようになり、上手に飲み込めるようになりました。好き嫌いもなく、たくさんモリモリ食べてくれます。お茶なども飲めるようになりました。

そして徐々に色々なことができるようになりました。
「先、くつはいて玄関で待っててね」など、複雑な指示もわかるようになりました。フラッシュカードは90%に近い正解率で指差しをします。
ワンワン、ブーブー、ニャーニャーなどの言葉がでてきました。加配の先生についていただき、楽しく保育園に通えるようになりました。
昼間はパンツで過ごせるようになりました(失敗もあります)。
体も丈夫になり、春は山登り、冬はスキーを家族で楽しめるようになりました。そして身体障害者手帳の方は返すことができました。

ここまでくるには簡単なことではありませんでした。家族の協力があってこそ、兄にもずいぶんがまんをさせてきました。私もどんな労力も惜しみませんでした。せっかく改善してきたのに、途中から1年間程、大変な時期がありました。カードも見ない。言う事は聞かない。こだわりがひどく、手がつけられない状態になりました。もう、ここまでかと思いましたが、鈴木先生の個人レッスンを受けることができ、カウンセリングで信じる事の大切さ、体の中に入るもの全ての大切さなどを水戸先生から学び、再び、前へ進むことができました。
私にとって本当に大きな存在です。

特別支援学校を勧められたものの、地域の学校の支援級へ入学が決まる!社会面でも嬉しい変化が…

そして就学の問題がでてきました。
周りには当然のように特別支援学校を勧められました。
しかし迷いがありました。

地域の学校の大切さもわかるからです。
でも無理かも…。
何度も話し合いを重ね、最終的には現在、保育園で問題なく集団生活が送れているという理由もあり、今年の春から地域の学校の支援級に入学が決まりました。「一緒の学校にに行ける」と一番喜んだのは兄でした。

入学が決まると、小学生になるという自覚がでてきたのか、さらに変化が…

以前はスーパーにいくと大声をあげたり、走りまわったりでつれていけませんでした。最近は、「静かにね」と言うと、「うん」と言ってコミュニケーションをとりながら楽しく買い物ができるようになりました。
私がたくさんの荷物をもっていたら、さっと自分から1つ持ってくれたりもします。
お手伝いもすすんでしてくれます。物事の順序もよくわかっています。
今、何をすればお母さんが喜んでくれるかも知っています。「気が利くね~。ありがとう、◯◯くん、すごいね」などと少しおおげさにほめると、とても嬉しそうです。
言葉の方もパス、ぶどう、アンパンマンなど言葉になってきました。

「生まなければよかった」から「生まれてくれてありがとう」に…私自身が成長し、人生が楽しくなった!

生まなければよかったと後悔し続けていた私が、今は
「私のところに生まれてきてくれて本当にありがとう」と心から言えるようになりました。心からかわいいと思えるようになりました。
人生が楽しくなりました
この子のおかげで、私自身、とても成長することができました。

うちの子の場合、◯ヶ月でしゃべれるようになった、◯ヶ月で◯年分の成長をした、などというレベルではありませんが、協会に出会っていなければ、私たちは、今頃どうなっていたかわかりません。
まだまだ、他の子たちと同じようにはできないことも、たくさんあります。
これからも子どもと一緒に先生方にご指導していただき、前進していこうと思います。
そして、いつか少しでもご恩返しができるようになれば、と思っています。

私が実践していること

・プログラムの取り組みを毎日がんばる
・栄養補助食品をしっかり摂る(量は多めに)
・食事は和食中心
・牛乳をやめた
・肉、魚、野菜、調味料など口に入れるものは、多少高くても、安心・安全なものを買うようにした
・インスタント食品、加工品、市販の素、市販のたれなどはやめて、一から手作りした
・皮膚から入るもの、シャンプー、洗剤、入浴剤など入っている成分に気をつけ、無添加で安全なものを選ぶようにした
・2週間に一度のプログラムは必ず提出して、アドバイスしていただき、自分にできることは可能な限り、取り入れた

会報誌『エジソン・アインシュタインスクール通信』21号から抜粋

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