9歳、軽度発達障害、多動、偏食、普通級けんとくん(仮名)の成長(9歳 取材当時)後半

3歳児健診で発達の遅れを指摘され、療育センターに通い、年中さんで入園。しかし、園長先生から検査を受けるようにと言われ、検査を受けると「軽度発達障害」と診断される。偏食もひどくこのままではいけないと思っていたころ、5歳になる頃、エジソン・アインシュタインスクール協会のDVDに出会い「親子面談」を決断。お母さんが改善方法に納得したことで、急成長を遂げたけんとくん。いよいよ小学校へ・・・

支援級での小学校の生活がいよいよスタート

勉強はついていけていました。授業中、立ったり教室を脱走するということは一度もありませんでした。理解は遅いけれど、言えばちゃんとわかるし、支援級の中では一番手のかからない勉強も出来る子でした。授業の様子を見に行くと、なんだか授業中はヒマそうにしてました。先生も授業がわからない子につきっきりなので…。
休み時間は、友達の輪の中には積極的に入っていけず、一人で好きなことをして遊んだりしてました。ただ、発達の遅れがあるようには見えないので、「ちょっと内気な子」「周囲の会話のテンポについていけない子」という感じでした。

支援級から普通級へ希望したけれど

1年の1学期くらいから、「もったいないな、こんなに出来るのに」と思うようになって。先生には、2年、3年になったら普通級に移したいと考えていますので、他の教科も交流級で学ばせてほしいとお願いしたのですが、掃除の時間しか交流級にならなくて。
うちの学校は、支援級の子は1年生から、給食と音楽と体育だけは一般の子と混じって過ごす交流級なのですが、お願いして増えたのが掃除の時間だけでした。私は、国語や算数の授業を交流級にしてもらいたかったのですが、すぐには叶わず、授業が受けられるようになったのは、2年生からです。やっぱり、そこから伸びましたね。

支援級から普通級に!思わぬ誤算、こんなはずじゃなかったのに

入学前に、支援級から普通級に移れるのですかと確認したら、先生方からは「はい、移れます」と言われましたし、入学前に市からも、「色々と出来るようになれば普通級に移れますよ」とのことだったので、最初は支援級に入って、それから普通級に移そうと決めました。
ですが、現実はそんな甘いものではありませんでした。
2年生から普通級に移動させてほしいと申請をしました。結果は「一言で指示が通らない」「授業中、たまに目が泳いでいる」といった点でアウトでした。それは「普通の子だってみんなそうでしょ!」と言いたくなるような内容でした。驚きと共に残念で悲しい気持ちになりました。

それでも普通級に、親がどこまで子どもの力を信じてやれるかで事態が変わる

最終的に親が「普通級に移します」と押し切れば、いろいろ言われても結局、親の意向をのんでくれるそうです。なので、親がどこまで「うちの子は出来るんだ」と信じてやれるかにかかっているのだと思いました。ですから再度、教頭先生や先生方と話し合いをして「普通級に移りたい」旨を伝えました。その結果、先ず補助の先生なしで様子を見て見ましょうとなり、段階的に普通級へ移行できるように体制を整えてくださることになりました。
最初は心配しましたが、大きな問題はありませんでした。「総合」という、グループごとにテーマを見つけて調べものをする授業があるのですが、周囲のお友達とも普通のやり取りができていました。補助なしで問題なく過ごせていたので、3年生から普通級に変わりました。
支援級から普通級へ変わることの不安は多少ありました。「もし普通級に移って、いじめにあったら…」と弱気になってしまうところもあって…。私も、「いじめは自閉症でなくても普通の子でも起きること」と何度も自問自答しました。ここは乗り越える壁だと私が負けないように踏ん張らないといけないと思いました。どんな子どもも、周囲との色々な「いざこざ」を経験して成長していくのだから、ここは避けて通れない道だと考えました。これは他の皆さんもきっと同じで、改善が進んで他の子たちの中に入る時、必ずぶつかる「壁」だと思います。

私の精神面もだいぶ強くなりました

エジソン・アインシュタインスクール協会の鈴木先生に出会う前の私は、ストレスそのものでした。精神的にもうつ状態で、死にたいと思ったことも何度もありました。どうして自分ばかり苦しい思いをしなければいけないのか。この子は、一生このままなのか。 誰に聞いても答えてくれないし、どこを探しても答えは見つからないし、何をすればいいのかも分からない。本当に辛かったです。
でも、鈴木先生のDVDに出会ったことで、人生がこんなに変わるなんて思いもしませんでした。母からもらったDVDでしたが、実は結構、放っておいたんです。なかなか見る気になれなくて。でも、ある日何となく見てみようと思って、夜中に1人で見てみたら、 鈴木先生の言葉が刺さって、ボロボロ泣きながら一気に観ました。

鈴木先生の言葉で生きるパワーが湧いてきた!

鈴木先生の「改善します。大丈夫ですよ」と言う言葉に本当に救われました。凍ってしまっていた心に血が通ったような温かさとふわっとまぁるくなったように感じたんです。
何故か「これでもう、けんとは大丈夫!」と思えました。
それから今日まで、いろいろなことがありましたが、あの日に思ったとおり、息子は普通にクラスに溶け込んでいて、もう、大丈夫です!改善を信じてやってきて本当によかったと思っています。

けんとくんの経緯

5歳(2010年11月)
エジソンのメソッドで改善指導に取り組む。牛乳をやめたら野菜が食べられるようになる
6歳(2011年 4月)
小学校・特別支援学級へ入学
7歳(2012年 4月)
2年生から国語と算数は交流級(普通級)へ
8歳(2013年 1月)
2年生の2学期から、全ての授業を普通級へ移る希望を出すものの、判定の結果は×。ご両親の訴えで3年生から補助なしで1年間、過ごす希望を出す
9歳(2014年 4月)
小学校4年生から普通級へ

ここがポイント!

子どもの改善にはまず親の意識を変えること!

エジソンでは、親の意識改革とちょっぴりハードルの高そうな言葉を使います。
でも、これがお子さんの改善にはとても大切な要素なのです。エジソン・アインシュタインスクール協会で改善されたお子さんのほとんどのお母さんやお父さんは、皆さん異口同音に「親の意識が変わった!」とおっしゃいます。
けんとくんのお母さんは、本当に一生懸命、家庭教育プログラムに取り組まれました。その中で、お母さんのけんとくんに対する意識とご自分に対する意識までもが変わったということです。

改善のためのファーストステップ!

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